人生の過渡期。LIVE‼【縁側ブログ】

モットーは”自然と生きる、自然に生きる”。絶賛、人生の過渡期真っ只中。人は過渡期を経て、実際にどうかわっていくのか?直感のままに生きていく人生を、LIVE記録していきます。果たしてこの先どうなるのか?それはそうと、縁側の持つ雰囲気が好きです。

【屋久島ツアーやるよ】時には、「選ばない」を選ぶ。

どうも。ライフシェルパのみすずです。

 

やっと退院してあと少しで2週間。

まだまだ絶賛安静中。
最近の一番の娯楽は、、、カフェだ!!文句あるか!

 

自分の内側の世界は、そここそが無限の世界なので。
ほってもほってもまだまだたくさん出てくるなあ、、ということで。

 

家にずっといることであぶり出されてくる両親(主に父親)との間の自分のもやもやなど、出てくる出てくる。

いつものようにきよちゃんに手伝ってもらいつつ、昨日はまた大きな気づきがあったのでした…。
久しぶりにめっちゃ泣いたなー。
でもこれは、また後日かけたら書きたいと思います。

 

自分の眼でしかみられないから、ほんと自分って死角だらけ。
いいところも、思い込みも、この眼と同じように、自分も世界も一部しか見えてないことを改めて深く感じたのでありました。

■そんな中、屋久島ツアーをやることに決めた

私が今まで、SNSなりブログなりで書いてることって、つまるところ本当に簡単なことしかいっていなくて、

・自然体に近づいていくこと、自然体でいきることのやばい幸せ感
・そのために、自然そのものが人間にすっごい大きな役割を果たしてくれること

大きくまとめるとベースのメッセージって、こんなもんだと思います。

 

来月37歳になる私ですが、ほんの3年前くらいまで、

「わたしは別に不自然に生きてると思ってない」
「今で満足している」

って思ってました。

 

「だってこれがわたしじゃないか」

 

・当たり前のことに例え疑問を持ったとしても、自分に何が変えられる?
・満員電車は耐えるもの。適応するもの。
・仕事は好きだ。雇ってもらえるものの中で、自分の好きと才能が最大限活かせるものを探そう。
・このままのキャリアでこのままで大丈夫だろうか。
・使える自分にならなければ価値がない。
・自分に下される低い評価を恐れて、つい自分の意見を言うことをためらってしまう。
・やってることは好きなのに、何か戦う場所を間違ってる気がする。ここ以外にどこか違うところがあるんじゃないか。
・何を探せたらゴールになるのわからない。でも”なにか”を探してしまう。

 

これは全て過去の自分が持っていた傷や思い込み。

同じように思ったことのある方もいるかもしれません。

 

今となっては、これらの思い込みや疑問はすべて過去のものにできた。みんなのおかげで。自然のおかげで。

思い込みを外してきた自分が昔の自分を表して言えること。

たしかに”わたし”であって、”本来のわたし”でない状態。
”わたし”なんだけど、”純度の低い状態のわたし”。

綺麗な清流でも、泥水でも”水”は”水”。
清流として生きるか、泥水として生きるか。

泥水なんて言いすぎな表現かもしれないけど、濾過をしていけばいくほど、泥水以上に水を黒くする要素は世の中にたくさんある。

不安な気持ち、恐怖、誰かに都合のよい常識、愛の不足、自信のなさ、物質的なもの、あきらめる気持ち。

 

最近思うのは、人生どれだけ思い出せるかの勝負だなと。


■自然は人間をろ過してくれる。

”自然体”って言葉は本当によく出てきてると思うけど、それは文字通り”自然”と”体”が一緒にいるだけで、その状態に近づける効果がある。

自然は人間にとっても、地球そのものにとっても天然ろ過機。
留まらず循環しつづけることで、綺麗にしてれる。

 

こんな当たり前なこと、都市部で毎日電車に揺られて、人間の作った小難しいことに頭悩ませて、ってしてると、自然が素晴らしいってわかってる人ですら、その素晴らしさから遠ざかってしまう。

 

「わかってる」、でも忙しいから”選ばないだけ”
ってしてると、体感はどんどん忘れていって、小さな箱に入っていってしまう。

気付いたら、そんなに大きくないはずの染みみたいなものが気になって、それにとらわれてしまう。

わかっては忘れて、の繰り返し。どんなレイヤーでもそれは起こるもの。

だからこそ、定期的に自然に洗い流してももらうことが、人間にとっても、そして心を通わせあう自然にとっても、ものすっごく意味があることだと思う。

 

言われたことじゃなくて、自分で気づいた”自分ごと”じゃないとハラに落ちないもの。
自然の本当にすごいところは、触れ合うだけで勝手に気づかせてくれる。そばにいるだけでその力を貸してくれるということ。

これを愛と呼ばずになんと呼ぶ。

人間が一人で頑張って、すごい時間かけてってやることを、一瞬で超えてくる。
「一人で頑張るな」って言ってくれてるみたいに。


屋久島の持つ、破壊的癒し力。

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破壊的癒し力って、なんか対極な感じの表現なんですど、これはとにかく行けばわかる。

森に入れば、虹を見れば、雨に打たれれば、深呼吸すれば。

屋久島は366日雨が降るといわれる水と森の豊かな場所。
もののけ姫の森でもとっても有名。

 

島内には、樹齢1,000年を超す樹木がそこら中においしげり、住居があるのは、ぐるっとした海岸線のみ。
あとはすべて、森、山、樹。

 

この水と森たちの吐き出す生命力といったら、いくだけでものすごい濾過力。
体の中に透明な水が流れるような。
森でする呼吸で、肺の空気が入れ替えられるような。
晴れた日の夜に見える、白い絵の具をブラシで一面に散らしたような満天の星空。

 

とにかく、手軽に触れられる自然ですら素晴らしいのに、島中にあふれる自然たちの、その濾過力、浄化力の高さが半端ない。
過去2回行ったけど、やっぱりその印象的な景色は忘れられない。

 

だから今、わたしは屋久島に行く。

定期的に触れ合う大自然が、自分の中の余分なものを洗い流してくれる力を感じるために。
自然体に近づいた自分が、さらに自然から受け取れるものを感じるために。
自然体を体感するために。

 

そんな想いと、やりたいわくわくを全部つめこんだ最高な屋久島ツアーやります!
わくわくに従ったので、今回は一切妥協なしです!!

ほんっとうに最高の体験になるので、屋久島にわくわくした人は1度でいいから行ってほしい。
ピンときた方、あと少し枠があるので、一緒に行きましょー!

 

川のさらさら流れる音をきき。
滝のマイナスイオンを体中にあび。
屋久島の水に体をなじませ。
海が見えるデッキで海と朝日をながめ。
焚き火をしながらコーヒー片手に語り合い。
満天の星空をみんなでながめ。
森の中で目をつぶって深呼吸して。
高台から島を一望して。
ハンモックで風を感じて。
おいしいごはんをみんなで食べて。
海の青さを一面に感じて。
自然の力を教えてもらって。
感じた事をみんなで語りあう。
自分の大切な何かが戻ってくる感覚をあじわう。

自然と一緒だからできること。
みんなと一緒だからできること。

そんな時間になると思います。

この素晴らしい体験が、必要な人に届き、ともに素敵な時間をシェアできることを祈って。


【自然と生きる。自然に生きる。屋久島ツアー ~1710】

日程:2017年10月20(金)~10月22(日)
   20日(新月!)、21日が屋久島宿泊
定員:6名 (現時点残り2名)
参加費:138,000円 

※東京発の方は、羽田を予定
※東京から参加の場合の料金です
※ツアー代金には、アレンジ料金などが含まれています

詳細は、また追ってお知らせします!

 

■「選ばない」を選ぶ

これまでの常識や過去の経験から、テンプレで自動的に用意される選択肢から、

「選ばない」ということを選ぶ。

 

今回の屋久島ツアーは私にとって、そんな大きな選択肢のひとつ。

 

何も持たないわたしが、”行きたい”という自分の素直な気持ちに従って、

就職を探すでもなく、屋久島に行く。

 

3年前の自分が同じ状況なら、選択肢にもないであろう選択肢を、創って選ぶ。

反射的に並べた選択肢から「選ばない」ことが、どんな未来をつれてくるのかお楽しみ。

【入院LIVE】失うことすら、得ること。という経験。

■人生初の入院と、それまでの時間からもらったもの。まとめ。

こまごまとした気づきはたくさんあれど、一気には言葉にできないので、まずはざっくりまとめ。

 

安静とはいえ、退院して5日目。


やっと落ち着いてきたのでぼちぼちブログ再開していこうと思います。

 

8月の頭。
ガブ様(前回ブログ参照)に背中を押され、そうそうに手術を決意。

決めたからには、もう今すぐ手術したい!という単純さがさく裂。
最速でできるいい感じの病院を探しだして、手術に向けて検査ざんまい。

あんなに選択肢になかったのに、決めたら早い。笑。

それも、7月までの、味わって気づいて、このことが伝えようとしている最大限の意味を感じつくす時間があってこそ。

カラダに何かが起こるってことは、必ずそのことにもメッセージがある。

 

そのメッセージを受け取らず、カラダだけ物理的に回復させると、受け取れないものあったなーと思う。

カラダの仕事をしていたわりに、本当の意味で自分の身体に向けている注意がきっと少なかった。


私にとっては、今手術することがベストタイミングであり、必要な時間。

 

ぽつりと時たま依頼される仕事は、身体の状況を隠してできる範囲でやる程度。

休み始めた5月からの約4か月、とっても心強い仲間たちの力を借りまくって、身体と心と、とにかく自分と向き合いまくる。
今、このことが私にめっちゃ伝えたがってることは何かってことを、受け取ることに集中しまくった。


■5月~7月のプロセスがくれたもの。

物理的な状況はかなり厳しかったのかもしれない。のだけど、ここで得たものは、周りの環境や出来事にふりまわされない自分。

身体以外に置かれているシチュエーションについても、箇条書きで状況を記すと”笑えない(笑)”状況だったかもしれない。
でも、もはやこの状況で、自分が自分でいられることが出来ているなら、ストレスに押しつぶされないなら、人のせいにしないなら。
怖いものないじゃん!という自分に会うことができたと思う。少なくともこれまでよりは。

私が、”本来の、自然体の自分”に出逢うための旅のプロセスを始めたのは、2014年12月。


このカラダになるまでの2年弱ですら、そうとう”自分かわったなあ”とか思ってたけど、この4か月のプロセスに比べたら甘いもんだった!笑!というくらい、色んなものから解放された。

これ、ほんとに、ここまでの自分かえりの旅の、総仕上げだったと思う。

 

そして、ひとつの強制終了。

なにかで、時々神様が、必要でその人の人生に”強制終了”を起こさせることがあるって見たことあったけど、この件は、まさにそれ。


■メッセージはたった一つ。本来の自分を生きること。

今のわたしは、すべてがゼロリセットされた状態。
すがすがしいくらいに、これまで生活を成り立たせていたものが手元からリリースされた。

 

私が以前までしていた仕事。人の身体を自然に戻す仕事。
自分の強烈な感動体験があったからこそ、”やばい!これは地球救っちゃやつだ!やるしかない!”って思って、2年くらい経験させてもらった。

体内に自然を取り込む体験を通して、人が本来の人間に戻る、近づく。

”本来の自分”を忘れるのにたくさんのもので埋め尽くされている今の時代には、ものすごい必要だって、自分の純度があがるのを感じる度に思った。

 

一方、自分の”ココロ”の純度をあげる作業もゆるゆるとずっと続けていて。
・喜びを感じること
・怒りを感じること
・抱えてきていた古い”常識”とお別れすること
・悲しいと感じること
・目に見えるだけの尺度を手放すこと
・自然が人間に与えている影響の大きさを知ること

などなど、たくさんの思い込みとためてきた感情たち。
色んな経験をしながら進めたプロセス。

 

経験すればするほど、悩む人の気持ちも、どんどんわかっていって、経験したからこそ話ができたと思う。

 

でも一つだけ、ずっと心に従えなかったことがあった。
それは、”「正しい」(と感じていること)よりも、自分の信念を選択すること”

今回、身体に起こったことは、この選択を手放させるため。
私が持ってきた、予定してきた道に向かわせるため。

 

経験と修行のために歩いた側道を、メインの道にすることはできない。

(出来ないというか、不自然)

 

私は、以前の仕事に対し、”人を幸せにするもの””地球環境にとって望ましい手段””この手段は「正しい」ものだ”と感じていた。

 

だからこそ、”人や地球にとって、「正しい」プロセスなら、私がやろう。いや、やらないと!”っていう気持ちにどんどんなっていった。

でも奥底には、馴染み切らないものもあって、それが時々顔を出しては、苦しさになっていった。


今にして思うと、私は「正しさ」を選ぶことを手放せなかった。

(これは、その仕事がどうってことは全然いってなくて、私の個人的なあり方やキャラクターとマッチしにくい環境だった、というだけのこと。)

 

わたしにとって大切なことって、
・日々自然を感じて生きていたい
・「しなければならない」って言われると、めっちゃ息苦しくなる
・基本、笑ってワクワクしてるときが一番力が出てる

こんなかんじだったみたいで。

これがなくなってくると、どんどん自分らしくなくなってくる。

 

前の仕事をしている時のライフスタイルでは、この、私のコアがちょいちょいかみ合わない時があった。

でも、自分の正直な感情よりも、”「正しい」と思うことに従うこと”を優先することを選び続けた。

身体の状態を見た友達に言われたこと。命がけで我慢してたんだね。

何かを強く信じることを、他の可能性、多様性を捨てることにしてしまっていた。
そうじゃない信じ方だってあったのに。
自分の信念を捨てないで、実現できる方法は他にもあるし、なければ自分で創り出すことができるのに。

この”自分に嘘をついて生きる”を無意識に選んでしまったことは、結果自分の魂に一番ダメージを与える生き方を選択することになってしまっていた。

選べなくさせられるまで手放せなかったのに、”頭で考えると、間違ってない”という要素もあったと思う。
”考える”と、間違ってないように思う。

でも、それが自分にとっての適切な選択肢であるかどうかとは、まったく関係ない。

 

これね、これだけはやっちゃだめだなって。

自分に嘘つくこと。
自分を我慢させること。

どのレイヤーで、っていうのは、あると思うんです。
自分の思考で、意識で、魂で。常識で、本音で。

魂の部分に嘘ついたら、まじこんなことになります。

身をもってわかりました。

正しかろうが、誰に何を言われようが、自分を我慢させて生きてはいけない。

 

それ以外の部分ではできてるつもりだったけど、まさにそここそが、譲っちゃダメな所だった。


■出来事は、すべて尊い

今回のこの総仕上げで起こったことについて、色んなことも感じて、このことが私に何を経験させたかったのか、何を伝えたかったのか、そのほとんどは受け取れたんじゃないかと思ってる。

物理的な状況としては、こんな感じ。
・お腹から30センチの腫瘍を摘出したこと
・同時に、子宮と卵巣を失ったこと
・35針縫う初体験の開腹手術だったこと
・手術後に体重が9キロへった!(てことは…)

人によっては、どう反応したらいいかを迷う人もいるかもしれない。

でも、私たちの魂は、どんな体験でも経験したくてこの地球に生まれてくる。
そして起こる出来事にすべて意味があることも、体験をとおしてたくさん想い出してきた。

だから、失ったものもあるけど、その分、得たものもたくさんあった。

どんな人生でも尊いこと。
私が一部を失わなければ、ここまで切実にそのことを感じて、”それでも自分の人生が素晴らしい。この人生がいい”って言えることは、すごく力強い感情で、体験だった。

 

出来事そのものは、正しくも悪くもない。
その出来事を、どう受け取って、どんな気持ちでいるかも、すべて任されている。

 

こうなったプロセスについて一部、”いやー、あそこで何とかできたかもなー”っていう気持ちもちゃんと感じると同時に、”さらによくなっちゃうしかない未来”についてわくわくしているのも、どちらも同時に存在している。


■そんなこの9月のテーマ

ということで、色んな意味でりぼーんの時期がやってまいりました!

そんな9月のテーマは、”人生の創造者になること!”
ここまでは、自分に戻るってテーマだっだけど、こっからは、自分が世界を創る、を率先して現実にしていくっていう気持ちがもりもりで、すでにわくわく!

こっからが私の本当の人生でしょ!
Radwimpsじゃないけど、まじで、ここまでは飛ばし読みでいいから、こっからが僕だよってやつです。そんな感じをもりもり感じてる!

のとは裏腹に、安静で実家にいないと行けない現実とのギャップがさっそくの課題だぜ!笑。


■そして御礼。


あと、今回の件を通して、ありがたすぎて涙がでること。

前々からそれだけは自信あったんだけど、もう周りのみんなの愛がすごい。
このみんなの気持ちと愛を感じて感謝できただけで、失ったと思った部分がすべて埋まるくらい、おっきくて暖かい。

そのさりげない一言や気遣いを下さっただけで、十分です。


状況的にはゼロリセットされた自分と、本来の自分にさらに近づいた自分と、愛をひしひし感じるみなさん。
今あるもの、ほんとこれだけ。

これまでのものが何もない、”0”のわたしが、これから人生の何を創造していくのか!
過渡期LIVEの今後のテーマは創造!

これからも引き続き、よろしくお願いしまーす!

たくさんの愛と感謝を込めて。

 

【大船】神様と、お話ししてきました【紺色祭り】

どうも。ライフシェルパのみすずです。

 

なんと!今日は!

神様とお話ししてきましたー!

 

どんどんぱふぱふぱふ!

 

ね!タイトルからぶっ飛んでますよね。

 

私がこれ会社にいたとして、これがタイムラインで流れていてたら、5年前だったらどんな反応してたんだろうなって思うと、なんか感慨深いですね!(感慨深いのか?)

人ってあっという間に変わりますよね!

 

その前に、うちの今日の芸術的な晩ごはんを自慢させてください!

お料理がめちゃめちゃ上手なやっさん作!さんまのガーリックレモン焼き!!など!!

 

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■神様とお話しすることになったのだ

さて、気を取り直して本題にはいります。

ことの発端は、私が勝手に、その感性というか真摯さをとても尊敬しているカウンセラーさんが、こんな能力開いちゃった友人がセッション始めてます、というシェアをタイムラインでしていたのを、見かけたのがきっかけ。

 

なんでも、ざっくりとまとめると、

フィンドホーンという場所で能力が最近開花したばかりとのこと。

 

大天使ガブリエルさんの言葉を直接伝えられるとのことで、

「え、やば!そんな機会めったないやん!!」(なぜか関西弁)

と思い、速攻連絡してお会いしてきました。

 

しかもなんとおうちのエリアもご近所で、ありがたいことに大船で合流。

 

トライアル価格だったので、なんと!神様に直接質問できて、当時価格で2時間3,000円だったんですよ!(出来ることならジャパネット風に言いたい!強調したい!)

 

どういうこと!

 

やば!!!

 

※現在は、2時間3万円という価格になったとのことです。

モニター期間終了とのことで。まあ内容がすごいので当然だと思います。

 

すべりこみセーフにて、色々お話しきいてみました!

↓山本さん。笑顔の素敵なお兄さんです。

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■さすが神。ぜんぶ即答。

ほんで、神様は、べらべらしゃべるわけではなく、ききたいことをどんどんきいてくと、

「うん、そっち」

「や、違う」

っていう事前情報を入手していたため、

 

おっしゃー!これとかこれとかいっぱいきくぞーっと思って張り切って持っていきました。

 

これが見事なまでに、まーほんとに。即答即答。瞬殺。はやいはやい。

 

ここまで、のことは、本当色んな力を持った多くの方々とのご縁で、その意味を一つずつひも解いてきてたのです。

 

でも、ここから先の世界は、すごくルールも何もかも変わってしまう世界だったから、

”きっと、なんとなくこっちだ”という感覚を持ちつつも、次のピースを手探りで探している気持ちだった。

 

それがいやー、アタックばしばしきまるきまる。

さすがです!

 

・今何したらいいか

・自分がこれからの人生でテーマになること、やることってこれ

・この人は、ここでこんなことしてるよ

・こういう暮らしになっていくよ

・あなたの役割って、こういうことです

 

的なやつを、どかーんずばーんとさく裂させていただきました。

 

1つ1つは、確かにサインでてたわーってものとか。

この自分帰りの旅の一番最初の宿題でやったやつが、私の役割だったのか。とか。

この場所に行くことになるのかーとか。

 

でも、ここまでの旅で方向性は見えていたから、どれも”え!意外!てものではなく、「なるほどー、やっぱりそっちなわけですねー。本当にそれやっちゃっていいんですねー!」っていう感想でした。

 

てか、

「え?本当にそんなわくわくするやつだけやってっちゃっていいんですか?」

「やばくないですか?この人生、めっちゃ楽しくないですか?」

って3回以上言ってました。笑。

 

方向性は”自然”っていうのはわかってたんだけど、違うものとかバンバン否定していただけたので、なるほど!確かにそっちはしっくりこないな!カットカット!みたいな。

 

これ、今でこそ、「なるほど!嬉しいけど、そっちいっていいんだ!違和感なし!」って受け止められましたけど、はたして3年前に、その時の自分の器でどこまで受け取れたか、そしてどこまでオープンにしてくれたかなってことを考えると、本当に、”今”会うべき方だったんだなって思うのです。

 

■ということで、まずカラダの問題を解決します。

飛び立っていくために、やっぱり今目の前の問題であるカラダをちゃんと解決するのが

まず最初にすべきこと、というアドバイスもいただきました。

 

出来るだけそれは避けていたけど、まあここまでしっかり向き合って、その時が来たのだろう、ということで、手術して解決に向かう予定です。

 

来るべくして今。ここまでですごく学びを与えてくれたし、前やっていたことに対しても強制終了のサインをだしてくれた。

 

この経験がなければ、私は舵を切る決断を、きっとできなかった。

そこまでの自分の心のクセと溶け合って、の、今。

 

私が本来の道に進むきっかけを、身をもって与えてくれてありがとう。わたしのからだ。

 

こっからが、楽しみ!

 

■紺色づいてる兄ひこさんも大船にあらわる。

午前中に山本さんのセッションを終え、うおーそうかーなるほどーふむふむーってなっていたところ、絶妙なタイミングであにひこさんから連絡が。

絶妙に大船に来るということで、神様からきいた話を肴にお茶してました!

 

「ねーねーやっぱりこうだったのー!!」と興奮気味にしゃべるわたしに、

「だからずっと言ってるじゃない」と冷静なあにひこさん。

 

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今日は大船に集まって紺色のポロシャツの人とお話ししたディープな1日でした。

 

はー、こういうのがあるから、人生ってほんとおもしろ。

 

 

 

鎌倉っていうか、”おばあちゃん家”を満喫した週末。

どうも。ライフシェルパのみすずです。

 

週末は土日とも、お家にお友達が早速遊びにきてくれましたー!

 

”鎌倉に遊びに行く”っていうと、

鶴岡八幡宮いって

・海いって

しらす丼とか甘味食べて

・お寺とか大仏みて

って、いろんな味わい方があるかと思うのですが、今回の両日、過ごしてみて思ったのは、鎌倉っていうか、”単にいなかのおばあちゃんちに来てる安心感”がすごい。

 

畳でごろんして、窓からは涼しい風。

時間帯によって違う、虫たちのこえ。

そして気を失うように昼寝。

 

はああ。

なんだこの感じは!

 

■土曜日!お互いの古民家探訪!

土曜は、うちにもきてもらって、さらに北鎌倉にある”ミライエ”さんという古民家にもお邪魔させてもらいました!

 

写真は、北鎌倉のいい感じのこみち。

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古民家でスイカとようかん。そしてそうめん!

こちらは北鎌のシェアハウスさん。

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自然ともだちのもじゃとおはる。なちゅらりー。

 

こんな物件がごろごろあるってことがまずすごい!

■日曜日!氏神様ご挨拶&ゆうこりん来る!

日曜は、遅ればせながらご近所の氏神さま、他神社へご挨拶!

 

このあたりは山エリアなので当たり前かもだけど、近隣を調べると、山の神様系が祭られている神社がとっても多い。

今、山のエネルギーがとってもしっくり来ている自分としては、納得だし、なんか安心感ある。

 

横浜エリアのゆうこりんは鎌倉にも詳しく、お店を色々案内してもらたー!ゆうこりんありがとうー!

 

オサレカフェ。オサレなお店が多すぎて回り切れない。

 

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お昼寝でしっかりおばあちゃん家を堪能した後は、住人の皆さんに教えてもらった麻婆豆腐がおいしい近所のお店へ!

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これやば!激うま!

水餃子とか水餃子とか水餃子とか、他のお料理もめちゃうまだったのです!

 

ここは、来た際はよっていくべし!のうまさ!

 

やー、鎌倉のポテンシャルすごい!

住んでる間に掘り出しきれる感じがしません!

 

■お知らせ|8.19流しそうめん@古民家やります!

昨日facebookに書きましたが、19日土曜、私の住む古民家にて、流しそうめんやりまーす!

 

自然豊かな一角で、おばあちゃん家みたいなおうちの庭で、流したいもの流し放題!

 

facebookイベントも立てましたので、誰でもお気軽に遊びにきてくださーい!

 

うまく付き合う「誰が言うか」と「何を言うか」問題

どうも、ライフシェルパのみすずです。

 

引っ越し早々、ちょっとこっちで朝からやることがあり、昨日は東京におりましたー。

 

朝の東海道線がすごいと聞いて、まだ体験はしてないものの、時間が被る時がこないように祈るばかり。がくぶるです。

 

混雑で傘が折れるって!

傘おれるってことは骨も折れるやん!こわすぎる!!

 

 

さて、本日のテーマは、誰かとこないだ話してた時に、口から出てて、や、ほんまそうだよなーと認識し直したことがあったので書くことにします。

 

■「人」と「コト」

「何をやるか」じゃない、「誰とやるか」だ

 

ばーん!

 

「何を言うか」じゃない、「誰が言うかだ」

 

ばばーん!!

みたいなこと、よく聞いたり目にしたりします。

 

ここ数年の変化の旅を経て、この「誰といるか」の持つ力は、ものすごく感じるところでして。その時一緒にいたみんなが、本当に今のわたしをつくるすべての影響を与えてくれた。

だから今自然体で、力抜いて、なんでもありーと思って、笑って生きてられる。

 

きっと違う人たちといたら、違う自分だったかもしれない。
少なくとも、変化のプロセスはまた違うものを辿ったんだろうなと。

そうおもうたびに、ほんとありがたいなぁ。。と深くしみじみとします。

 

なので、この「誰といるか」はもう人生最大の影響強め要因であることは、ものすごく思うところであります。

ということで、今、冒頭で書いたみたいに、「コト」軸より「ヒト」軸だ!と語られる場面ちょいちょい見るなと感じているのです。

 

でも、これ、影響が強いだけに、とっても気をつけないと行けないなー、と思ったことがあるので、それについて書きます。

 

■「出し手側の意図」と「受け手側の賢さ」

「誰が言うか」

 

これって、いくら内容は同じで、素晴らしいことを言ってても、

・有名な、誰でも知ってる実績のあるAさん
・実績はあっても、マイナーなBさん

この2人が同じことを言った時の、受け手側の反応って往々にして違うわけです。

 

Aさんが言うと、

「さすが」

「やっぱり経験が違う」

「しみるー」

みたいに、受け取られやすい。なんか、ありがたい感じ。

イメージ、堀江さんとか。

 

かたや、普通のBさん。

「そうなのか」

「そうだよね」

って感じで、あんまりバズってるイメージがしない。

 

みたいなの、よく見かけるんじゃないかと思います。

 

ほんで、ここで気をつけたいのは、発信する側の出し手って、発信主体が自分の主張の場合もあれば、まあ違う場合もある。

 

そこに、発信側の意図が往々にして含まれる。そんな場合もあるのかなと思います。

そしたら、そりゃ「影響力」のある人から言わせたい、みたいなのもありますよね。
これってメディアとかだけじゃなくて日常や仕事でもばんばん普通に存在する場面だなと。

 

同じ知識があっても、
・母親から言われる
・専門家から言われる

この2人から言われら、母親の言うことは聞けなくても、専門家の言うことなら聞ける、みたいなのもあると思うのです。

 

でも、見落としちゃいけないのは、この場合、母親も「同じ、大事なコト」を語ってる、というところ。

 

これまでは実績がなくて、まだ影響力のないBさんだって、めちゃいいコトも語る。普通に。

 

「誰が言うか」
その「ヒト」のイメージだけに縛られたら、大切な内容である「コト」を受け取り損ねることもある、って、自分が知っておくことがすごい大切な気がします。


【自分が発信する側である時】

特に、一番効果的に伝えたいと思ったら、
・自分が直接いうのがいいのか
・誰か、影響力のある人から言ってもらうのがいいのか
とか、たぶん考えると思うんです。

「ここはひとつ、部長から言ってもらおう!」とか、そういうやつ。
入社したての中途社員が言っても受け入れられない!みたいなやつ。


しかける側だとこういうのってすごい繊細に考えるんですけど、受け取り手になった時こそ、大事。


そういう風に、「誰が言うか」に効果があるっていうことは、無意識レベルでその前提が入ってる。
でも、本当は、「大事なコト」って、誰がいったって大事な内容のはず。


【自分が受信する側である時】

発信される情報は、そういう”意図”も往々にしてよく含まれる。

 

大事なのは、誰が発信していようとも、「その内容の本質」をすっと受け入れる人でいられる受信力とか、受信の質とか。

 

植物や赤ちゃんからも学ぶというか、それって素直さなのだろうか。

 

誰が言ってなくても、「いいと思う」ものを「いい」ってちゃんと言える軸というか。

 

そういう、なんだろう、余計なもののない審美眼って、すごく美しいし、尊いって感じます。

 

ということで、「ヒト」要因に価値を置きすぎて、大切な「コト」をうまく取り込めなくならないように、ちゃんと自分のセンサーを働かせておきたいものです。

 

【できる人ほど抱え込む】抱えがちなものを手放すステップ。

どうも。ライフシェルパのみすずです。

 

いやー、とうとうついに!鎌倉引っ越しました!

いえーい!

窓からの景色。

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荷物そんな多くないとはいえ、引っ越しを短時間でさくさくっと出来たのも、

素晴らしい友人のおかげー!まっきー!いつもありがとう!(読んでないけど)

 

さらに!カレー大好きな私にとってうれしい!
夜のごちそうディナーがドライカレー!
ばばーん!

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 神!

おいしすぎる!
みんなおもしろすぎる!

新生活に適応してゆきたいと思います。


さて、本日のテーマは「抱えがちなものを手放すステップ」

 

これ、このテーマに取り組んでた友人と最近お話しをしてました。

 

そのテーマで、あっという間に”現実が変わる”という進展が昨日あったそうなので今日のテーマにします。

まじで、”自分の在り方が変わると現実が変わる”をひしひしと体感させられました。。
ほーんと調整するだけで、現実かわるわー。思い込みも一瞬で変わる時代ですな。


■なぜ、抱え込んでしまうのか。

・抱え込んだことある人
・ついつい、抱え込みがちな人
・人にやってもらうより、自分でやった方が早いと思う人
・いや実際そうでしょ、という人
・質を考えると、とてもじゃないけど任せられない人
・任せるけど、必ずお尻は私がふいてるー!という人

などなど。

 

「抱え込んでしまう」パターンにも、
・そもそも渡す気がない
・渡したいけど渡せる人がいない
・一回渡したんだけど、気になって手を出してしまう

などなど、色んなパターンがあると思います。

友人のパターンも、最初はいくつか複合だったのかなと思います。

 


わかる。ちょーわかる。

何も隠れてないけど、私ももともとプロの抱え込み屋さんでした。
だから倒れちゃったんだけどね!

 

私がデキるわけではないんですが、細かいこだわりポイントとか、「いや、そこを外したらこれ伝わらないでしょ」みたいなのが経験則で色々あったりすると、なかなか渡しきれない時期、ありましたわー。

 

渡した後も、その後のやり取りが目に付くとが気になりすぎて、やり直してたらほぼ骨組みから違うやん…!みたいな。

 

あるーって思った人ー!

抱え込むと、便秘になりますよ!(精神的な)


■ということで、内面を調整してみた。

友人のケースがイメージしやすいので、簡単に状況をまとめると。

 

・友人(頭がきれる。俯瞰的視点もあって仕事ができる。気づきやすい)
・後輩(質・量ともにパンク気味で、大混乱。出来ないとばれたくなくて不安、恐怖)
・上司(後輩くんの問題は認識)

 

この状況から、想定される通りの状態。
つまり友人への仕事量&精神的負荷という集中が起こってくる。

 

仕事の負荷だけならまだしも、この状態の場合、「不安や恐怖心の強い後輩」と働いているので、
・出来ていないのがばれたら怖いから報告できない
・出来ないと思われたくないから仕事を離さない
という状態なわけで、これは関わる方からしたら、精神的にくる。


ということで、内面を調整してみました。

自分が変われば現実はかわる。

 

【調整していく中で出てきた気づき】

※私が整理する中で感じたまとめ方になってます。

・被害者意識と加害者意識。
(わたしはいつも迷惑をかけられる)
(結局いつも私がこの役回りをやる)
 
→わたしが”迷惑をかけられる”パターンの思考と行動をとり、それが現実になっている。

・自分は仕事が出来るということを、わかってほしい
(こんだけできます、を人に示したい)

→それを示すために、”仕事ができない”人たちがいつも周りに集まってきていた
→被害者&加害者意識とあいまって、さらにその人の世話をやくループに…。

 

・自分の見える範囲の責任・評価は自分にかえってくる
(後輩のやった全部の仕事のクオリティに、自分の責任と評価が結びつく)
 
→こうなると、メール一つとっても気になるものが増えて大変。

 

・「自分がこの人をなんとかしなければ」を手放せない
(仕事やプロジェクト全体への責任感から、仕事の質や納期担保=後輩のカバー)

→友人がカバーし続けることによって、問題が表面化しない(上司の問題認識レベルがあがらない)状態が続き、問題が「組織」の問題ではなく、友人「個人」の問題として留まり続けてしまう

などなど。

ざっとこんな感じだったと思います。

 

■自分の内面が変わると、現実という外側が変わる。それもすごい速度で。

この辺をさくっと調整すると、

・気になるメールも、そのまま見守ってみたら、後輩が自分から「こうでしたかね?」と軌道修正してきた
・後輩の問題を”自分”の問題として見ず、管理職である上司にあげて、自分の”問題領域”から意識を手放す

みたいな感じになって、そんな話をしていたのがこないだの土曜日。


昨日(26日水曜)、

・後輩を専門で面倒みる体制が別途できることになったから、席もかわるし、友人の担当から外れる

という事態に!!

 

月末くらいには状況変わるんじゃない?なんて話してたら、はやー!!
ちょっぱや!

調整して4日。

確かに後輩は友人の前からいなくなったのでした。笑。

これって、友人がまさにその問題をクリアした証。
クリアしたパターンは繰り返さない。
(より深くなってもっと根深いのが出てくることはある)

こうして、友人はさらに本来自分が取り組むべくテーマにむけて邁進してゆくのであった。
ちゃんちゃん。

この、スライムどんどん倒してより自分の冒険に近づいていく感じがたまらないわー。
ホイミスライムでいたいわー。


すごいー!すばらしいー!

私も一緒にこのテーマを扱ってて、自分の中にも「加害者意識・被害者意識」あるわーってばんばん気づかされたり。
しかも、よかれと思ってやってることがまわりまわって首絞めて、最後に被害者意識として傷に残る、とかね。誰得やねん。

 

真面目で気付きやすい人ほど、イライラためこんじゃったり、抱え込みやすいし、疲れやすいんじゃないかと思うのです。

 

「あー、まじもう、いつも私ばっかり」風に心当たりがある人は、このあたりの感じ方とっていったらいい感じになると思いますー!

 

■ということで、手放す3ステップ。

・現状に気づく

・自分の思い込みを探る

・思い込みを放す

 

気付くのと、探るのは、先日も”不安と仲良くする方法”で書いた通り、

・紙に書いて、ちょっと他人事として眺める

・信頼できる幸せそうな人、相談したいなって思える人に相談する

でいける。

・思い込みを放す

は、私でもいいし、なんか得意そうな人に相談する。

 

これで簡単にいけるー!


今日はちょっとおかたくなっちゃいましたかねー!

でもこの分解シリーズかいてておもしろいなー。
3秒で忘れる記憶力の私の頭にとって栄養になるわ。

 

あと、近日重大発表しますよ!こうご期待!
ちゃんちゃん。

【もやもやチャンス】居心地の悪さ、その正体。

どうも。ライフシェルパのみすずです。

 

ここ数日、体調が低調で更新落ちてました。

でも更新しないと、体調が悪くなるというスパルタな新条件が出てきたので、これからガシガシ更新再開していきます!

まじでハードモードすぎる!笑。

 

不思議系な話っぽいんですけど、もう毎日起こる現実なので、ここ数日の状況を素直に文字にしてみます。私去年くらいまで普通の感覚の人だったんですけどね。時代ですね。

 

最近、きよひこ開発のおかげ(?)で、背中から寝てる間にダウンロードしてくるって部分が開発さていたのですが、その中で、いろいろな抵抗とか引っかかりとか、流通量の増加とか日々問題がでてくるので、ここ1ヶ月くらい、毎朝起きると背中が痛いという謎の問題が起こってます。日によっては結構笑えないくらい痛いのです。こないだの新月の時とか、まじでやばかった。ちなみに寝相は問題ありません。

 

朝1のコミュニケーションは、「きよちゃん、背中70%」という謎のLINEから始まる毎日です。

 

やまちゃんにほぐしてもらっても、2、3日で背中がてっぱんのように固くなるので、早くこの状況を抜け出したい!

 

そして毎日大量に背中からダウンロードがあるのに、数日アウトプットしてないと、体の一部にたまってアピールしてくるという、循環障害。

 

書けってことですね!!

 

アウトプットは循環を作る出力!
ダウンロードしたものをカラダに溜めないよう、どんどんもらったものを文字にしていきまーす!

 

今の目標は、さわやかな目覚め!

 

そして明日はいよいよ鎌倉に引っ越し!!
ひゅー!

それでは、本日のテーマです。


■心地よさって何だろう

先日、友人の知人がやるという会に誘われたので、軽い気持ちで行った時のお話。

 

”私はその場の雰囲気がなんか楽しい”
っていうのも結構好きな要素なので、みんなが楽しそうにしてるなーってところにいるとだいたい嬉しくなってきます。

 

でもどんどんクリアリングが進むにつれ、自分に正直になってる感覚があり。

 

だからだいたい違和感感じそうな場所には行かない選択をします。

 

そして先日、みんなが表面上楽しそうなのに、ぜんぜん居心地がよくない、っていう場に久々に出くわしたのです。

 

逆におもしろい!

これって何だろう、ってことを少し感じてみました。


■心地よさは、選ぶもの。

何が心地よいか、楽しいかって、もう自分の感覚、価値観とダイレクトに直結してるものだなって思います。

だから、何が心地よいかは人によってぜんぜん違う。

 

で、やっぱり心地よくないところにいると、正直であればあるほど、もやもやするわけですよね。

 

もやもやってめっちゃ大切で、

このもやもやが、
「いやいや。実はこういうのは楽しくないでしょ。好きじゃないもん」とか、
「これ大切にしてるよね!」ていうのを教えてくれるサインだったりします。

 

ものすごくわかりやすい例でいうと、
■上司の悪口しか言わない飲み会
みたいな。

 

こういう場に居合わせたら、お金前払いしてても2秒で帰りそう。

 

心地よくないものを、我慢して付き合うの大変。

お金払って、負のエネルギー連鎖に巻き込まれるってどんな修行。笑。

ほんとーに、我慢だけはするもんじゃない。
カラダが私みたいになります。笑。

 

ともかく、自分の感性を鈍らせるもの
・もやもやを見ないふりする
・我慢する
があると思います。

我慢しなくちゃいけないものとかないなと思います。
自分で全部選べるし、実際今の人生の全てを選んできてる。

 

■心地わるさ、その正体

ほんで、冒頭に戻るのですが、その会の何が気持ちわるく感じたのか振り返って見たところ、

 

■何も通い合いが生まれない時間だった

 

てことなんだろうなと思います。

 

初対面から、本気で腹割って話せ!とかは全然思わないのですが、人と関わる時に、やっぱり気持ちの良い真摯さというか、向き合う感じってあると思います。

話す内容うんぬんじゃなくて、この人とコミュニケーションしようとしてるな、ってのをお互い感じて話す感じ。

言語に現れないけど、あり方として無意識に感じてる部分だと思います。

 

でもそこで感じたのは、コミュニケーション主体としての「自分」は隠したまま、自分がみんなからどう見られたいか、というところをベースに話が展開している、という感じ。

 

言葉にするの難しいな。

 

あほな話で盛り上がっても、なんか人として繋がってる感じとか、そういうのがあれば全然心地よいんです。

でも、初めましてなりの繋がりも作らせないし、繋がる感じもないし、どうにもならない話をして、すごーい!って言わないといけない、みたいな、何にもならないなー、何も生まれないなー、みたいな所に久々居合わせて、やっぱり、私はこういうこと大切にしてるんだなって気付かせてもらいました。

 

なんかね、コミュニケーションしようとしてるはずなのに、ほとんどの人のベクトルが内向きっていう。

 

あ、今書いてて気づいたんですけど、
どれだけ心を開いてコミュニケーションしようとしてるか、かなと思いました。

開きっぷりも、完璧じゃなくてよいわけで、苦手な人だって、開こうとしてくれてるな、という気持ちは十分伝わる。

 

ぜんぜん心を開かない人が、めっちゃ人を褒めてる文字を見た時に、
「うわあ、全然文字にエネルギーのってないなー、セリフな感じ」と感じたのを思い出した。なんか、自分のために褒めてる感じ。

 

だれも心を開こうともしてないのに、楽しそうに、それぞれがどう見られたいかを中心にトークしている。

 

という場は、私には居心地が悪かった。
結果、少ししか顔だしてないのに、わりと疲れた。笑。

 

逆にわかったのは、
・どんな距離感であっても、心は開こうとして、相手と向き合いたいと思う
・話す時はなるべく、率直な自分でいれたらいいなと
この人と話してる、て感覚はあると安心するなあ

あたりが、やはり大切みたいです。

 

みなさまも、なんかもやもやする、楽しくないって場に出くわしたら、自分の大切なもの確認するチャンスとおもって、やってみてくださーい(о´∀`о)